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尼崎西宮芦屋お知らせ 東西南北|稲畑廣太郎

このページを印刷する2020年9月9日

 

 

前回に引き続き、阪神間にゆかりのある方々の寄稿文を紹介していきます。

第二回目は、ホトトギス主宰 稲畑廣太郎さん です。

 

 

稲畑廣太郎さんプロフィール  

昭和三十二年五月二十日、兵庫県芦屋市生れ。

母稲畑汀子の許で幼少の頃より俳句に親しむ。俳人髙濱虚子は曽祖父。

昭和五十七年三月甲南大学経済学部卒業。
四月合資会社ホトトギス社入社、本格的に俳句を志す。

昭和六十三年一月ホトトギス同人、同時にホトトギス編集長就任。

平成十二年財団法人虚子記念文学館理事。

平成十三年社団法人日本伝統俳句協会常務理事。

平成十七年四月ホトトギス雑詠選者及び副主宰に就任。

平成二十五年十月二十七日午後一時十九分ホトトギス主宰に就任。
句集に『廣太郎句集』『半分』『八分の六』『玉箒』『閏』。
著書に『曽祖父(ひいじいさん)虚子の一句』他。

 

 

 

東西南北

 

兵庫県芦屋市に生れ育って二十五年芦屋を離れたことは無く、実はその間は結構出不精で旅行もあまり好きでは無かった。
それでも小学生の頃に家族で車に乗り兵庫県の日本海側城崎温泉に旅行に行った記憶があるが、思い出してみると、その時以外は学校からの修学旅行以外あまり覚えている旅行が無い。

 

そんなことで、大学を卒業するまでは、兵庫県からほとんど出ることなく、たまに大阪や京都に行く位で過ごしていたが、ひょんなことから、母方の家業である、俳句雑誌「ホトトギス」の発行の仕事に就くことになり、東京暮しを始めることになったのである。
それまでは東京も、親戚が何人か居る関係で何度か訪れた記憶はあるが、全く未知の世界であった。忘れもしない昭和五十七年三月二十八日に新大阪駅から新幹線の自由席に乗り、東京へ着くと、渡されていた地図を頼りに東京都港区芝公園という地名にある母所有のマンションの一室に居を構えたのである。
この芝公園という場所は徳川将軍家の菩提寺である増上寺を中心に江戸時代から栄えた寺町であり、私が住みだした頃は結構住宅地の様相を呈しており、その中に小さな増上寺の末寺が点在していた。しかし丁度その頃から始まったバブル景気の時代を反映して、そういった住宅はみるみる地上げに遭い買い上げられて、その土地はみるみるビルへと変わって行き、ビジネス街へと変貌するのである。私も結婚して子供も生れたが、家庭生活をするには少し不便を感じるようになってきた。
しかし当時千代田区丸の内という東京駅の真ん前の日本有数のオフィス街と言われている場所の丸ビルというこちらも日本のオフィスビルの草分けといわれる場所にあった合資会社ホトトギス社に勤めていた私にとっては、通勤時間が家のドアから会社のドアまで二十分という便利さもあり、暫く芝公園に住んでいたが、子供が幼稚園に入るのを機に品川区、そしてその後現在の目黒区に移ったのである。
そんなことで生活は芝公園を離れたが、母所有のマンションの一室は改造されて会議室のようなデザインになっており、今でも月に何度かここで句会を開催したりしている。

 

関西人が東京生活を始める時、やはりその生活文化の違いに戸惑う人が多いと聞き、私も御多聞に洩れずかなり辟易したことが多々あったが、食べ物の味の違いはその代表的なものだろう。
こんなことを書くと叱られるとは思うが、やはり私は関西の味に軍配を上げる。
ただ一つ私にとっての例外があり、それは蕎麦である。何故か子供の頃から饂飩より蕎麦の方が圧倒的に好きで、関西の饂飩屋でも蕎麦を注文していた。
ところが、これは東京で生活するようになって気付いたのだが、麺つゆの味が、やはり関西は饂飩の為の出汁で、昆布が主流故か蕎麦粉の味にはちょっと物足りないような気がしていた。
そして東京の蕎麦屋の麺つゆは、特に汁蕎麦の場合、これはよく関西人が東京の蕎麦を批判する対象となるのだが、色が黒い。
私も初めて東京で汁蕎麦を注文した時に出てきた器を見て確かにわが目を疑ったが、ところが味の方は見た目ほど鹹い訳ではなく、却って蕎麦とマッチして美味であった。

 

さて、漸く終盤に来てここから今回拙文のテーマになるのだが、そんな東京と関西、特に阪神間とも言えるが、その違いから、現在も私を悩ましていることがあり、それは東京では方角、つまり東西南北が判らないということなのである。
まあこれは私が生まれ育った芦屋市のある阪神間が、六甲山系の聳えている方が北で、大阪湾の方が南である、ということを子供の頃から当たり前のように知っていた、というより感覚として判っていたという本能的なものが備わっていたのではないかと思われるが、東京は御存知の通り関東平野という広大な平地に位置しており、冬の余程天気の良い時に富士山は見えるが、そういった自然の風景から東西南北を特定することが出来ない。
高層ビルを基準にしている人も居るようだが、私にとっては、未だに家と会社以外方角をちゃんと特定出来ていないのである。
確かに生活には支障は無いことの方が多いが、今でも時々新幹線で芦屋に行く時、新大阪から芦屋へ向かう東海道本線から六甲山系か見えてくると何かほっとするものを感じるのである。

 

 

 

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