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尼崎西宮芦屋あにあんレポート 10月18日(土)阪神南再発見モニターツアー「文学探訪コース」レポート第2弾

このページを印刷する2014年11月11日

10月18日(土)、「阪神南再発見モニターツアー『文学探訪コース』」レポート第2弾!


10月18日(土)に開催した「阪神南再発見モニターツアー「文学探訪コース」の様子をご紹介します!

近松記念館、カトリック夙川教会の見学後、西宮神社へ。

第1弾はこちら→http://anian-club.jp/info/2014/11/1712



村上春樹の「辺境・近境」という旅行記に西宮神社がでてきます。
また、西宮芦屋研究所の小西さんは「海辺のカフカ」にでてくる“神社の林”は西宮神社境内のえびすの森が、“お椀山”は西宮にある甲山がモデルだと考えているとおっしゃっていました。
えびすの森は兵庫県指定の天然記念物にもなっており、「西宮神社に来られた際は是非森を見てほしい」とのことです。

境内では、禰宜の田邊さんにご説明をいただきました。

西宮神社3西宮神社は福の神として崇敬されているえびす様をお祀りする神社の総本社。
昔、鳴尾に住んでいた漁師が漁をしていた際、御神像を吊り上げましたが、魚ではないので海に戻しましたが、途中の和田岬で再び引き上げます。ただごとではないと思った漁師は漁を止め家に持ち帰り、毎日お祀りするようになります。ある日、夢の中にお祀りしている御神像が現れ、「吾は蛭児(ひるこ)の神である。ここより西の方に良き宮地がある。そこに遷し宮居を建て改めて祀ってもらいたい。」との御神託がありました。蛭児大神を輿にお乗せし、通り西の方に良き宮地を求めて出立し、この地にたどりついたのだそうです。
福の神としてえびす様をお祀りするまでにこのような
経緯があったことを初めて知りました。


西宮神社4本殿は、三連春日造という珍しい構造になっていて、向かって右から第一殿で蛭児大神、中央が第二殿で天照大御神及び明治初年に大国主大神、左が第三殿で須佐之男大神をお祀りしています。
昭和20年の空襲により烏有に帰してしまいましたが、昭和36年、桧皮葺から銅板葺に変わった他は、ほぼ元通りに復興されたのだとか。
西宮神社には何度か来たことがあっても、説明を聞いたのは初めてという方が多かったのではないでしょうか。

 

昼食休憩の後は夙川オアシスロードへ。
西宮市を流れる夙川沿いの道は夙川オアシスロードと呼ばれています。
昔はバスが通っていたそうで、道幅が広く木が生い茂っているのでお散歩にも最適。

あしはら橋
村上春樹、谷崎潤一郎、井上靖などが夙川の近くに住んでいたことがあり、彼らの作品には夙川が登場します。
村上春樹のエッセイ「ランゲルハンス島の午後」には、“古い石の橋”という記述がありますが、これは夙川の河口から2番目の「あしはら橋」ではないかと、小西さんら村上春樹ファンは考えているそうです。

小西さんの案内で、その「あしはら橋」へ。
ひと1人分ほどの幅で、階段を下りた低い位置にかかっています。
確かに、他の橋とは違った趣のある橋。
エッセイによれば、中学校に入学して最初の生物の授業の日に、教科書を忘れて自宅へ取りに帰る道中に“古い石の橋”で休憩したのだとか。
村上春樹は西宮市の浜脇中学校校区に住んでいましたが、芦屋市の精道中学校に通っていたため、この橋を通っていたとファンは考えているそうです。
子供の頃の村上春樹が渡った橋を渡るなんてなんだか不思議な気分♪
橋の真ん中から上流の方を向くと、川面に向かってしだれた木々が美しく、反対側を向くとすぐそばには海。
こちらは谷崎潤一郎の「卍」(まんじ)に出てくる風景なのだそうです。
参加者の皆さんは楽しそうに写真を撮られたり、橋を渡ったりしておられました。
あしはら橋2あしはら橋3

 


虚子記念文学館
次に芦屋市の虚子記念文学館へ。
生涯を通じ20万句を超える俳句作品、小説や写生文など驚異的な数の優れた文学作品を遺した高浜虚子。
常設展ではホトトギス、俳句読本や虚子自筆の原稿が展示されているほか、虚子俳句朗読レコード、虚子が染筆した白磁湯呑など貴重な品も展示されています。皆さんは興味深そうに展示をご覧になっていました。
自由に資料を閲覧できる図書室もあり、そこでゆっくり資料をご覧になられている方もいました。

 
ツアー当日は半年に一回開催される企画展「京極紀陽」(平成27年3月8日(日)まで開催)の最中で、常設展と合わせて観覧することができました。
京極紀陽は虚子の弟子で、旧豊岡藩京極家の14代当主だったそうです。ヨーロッパ遊学中、ベルリンに来遊した虚子の講演を聴き、翌日は句会にも参加。その際に詠んだ句が早くも虚子の眼にとまっていたそうです。その数日後、新大阪ホテルのエレベーターで偶然にも虚子と再会を果たした紀陽は、これを機に「ホトトギス」雑詠欄への投句を始めます。その後、リズミカルな響きを持ち味とした二句仕立ての句作を得意とし、数々のユーモアな作品を残しています。
この企画展では、京極紀陽主宰の俳誌「木兎」が時代別に展示されているほか、紀陽が読んだ短冊や、紀陽第一句集「くくたち」などが展示されていました。
熱心に質問されている方もいらっしゃいました。

玄関前に植えられた木は紅葉が始まっており、見学を終えた皆さんは、色づいた木々の葉や蝶々にカメラを向けて撮影を楽しんでいました。

 

5
ツアーの最後は同じく芦屋市の谷崎潤一郎記念館へ。
「細雪」の作者として有名な谷崎潤一郎。
東京で生まれ、関東大震災後は芦屋をはじめとした関西で長く暮らしていました。

 

谷崎潤一郎記念館では、この秋の特別展として、『「細雪」への招待~遥かなる美の世界~』を行っており、2班に分かれて学芸員の方にご説明いただきながら見学しました。
「細雪」は、妻の松子夫人やその姉妹と過ごした日々を書いた、家族の日記のようなもので、描かれたエピソードも当時の事実ほぼそのままなのだそうです。
物語の始まりも、松子夫人らと共に引っ越してきた、昭和11年秋の日曜日から始まっています。
第2次世界大戦後の暗いムードの中、戦前の大阪人の生活を描いた本作は大衆に支持され、当時では異例の20万部のヒットを出しました。日本文学の近代的スタイルの典型だったことで人気になったのではとお話しされていました。

「細雪」の世界を自筆の原稿や写真などの展示を見ながら辿っていきます。
谷崎潤一郎は「源氏物語」の口語訳の仕事をしていて、その完成直後に「細雪」の執筆を開始。
彼が「源氏物語」執筆のときに書斎にかけていたと言われる「源氏物語絵巻軸」も展示されていました。
「細雪」の世界は源氏物語の古典としての生命が受け継がれているそうです。
皆さんは熱心に説明を聞き、自筆原稿を食い入るようにご覧になっていました。

谷崎潤一郎記念館

特別展示を見学している間、もう片方の班は谷崎潤一郎が一時期住んだ、京都潺湲亭(せんかんてい)の庭を模した庭園を見学。
ベンチに座って庭園を眺めたり、撮影を楽しんだりされていました。


 

 

PA180129

最後に、希望される方のみ阪急芦屋川駅の近くにある「細雪の碑」へご案内。
谷崎潤一郎生誕100年を記念して昭和61年に作られた石碑で、「細雪」の文字は妻の松子夫人が書いたもの。



これで今回のツアーは終了。
訪問したすべての施設で説明をお聞きし、またバスの中でも小西さんから数多くのエピソードを紹介していただき、とても充実したツアーになったのではないかと思います。

秋といえば読書の秋。
今回のツアーで巡った3市ゆかりの作家の作品を是非読んでみてくださいね。
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